2010年09月08日 司馬遼太郎 街道をゆく24近江散歩奈良散歩 信楽の近江鍛工に滞在したので、上海ゆき後にならって司馬遼太郎を読む。こちらもまた教養ウンチクのラレツ、例えば漢の明帝のころ、初めて坊さんが白い馬に乗って経典を持ってやってきた。 寺という字は役所という意味で、この坊さん達を建物を白馬寺といった。 以来坊さんのいるところを寺というようになった。 ホントに本当かなあ。司馬遼太郎以前、江戸時代明治時代にあっては学問教養人とは漢文知識だったんだなあ。
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